治療の現場から
乾燥が強い重症女性が知人の紹介で入院 症例:89
2024.11.05治療の現場から
20代 女性 2024年6月~9月 86日間入院
入院までの経緯
3歳頃、ひじ、膝の内側と鎖骨周辺にアトピー症状が生じ、以降3年間はステロイド外用にて治療。
6歳で受診したクリニックの指導のもとステロイドを中止(脱ステロイド)し、その後、小学生時代は多少の波はあるものの、日常生活には支障がない程度の症状であった。
12歳で悪化。地元の医療機関に3日間ほど入院してステロイド治療を受けたが効果が得られなかった。
ステロイドからプロトピックへ薬を変更することを勧められたが退院し、脱ステ・脱保湿の方針をかかげる別の病院に入院。
2度の入院で強い症状は改善したが、アトピーそのものは継続し、高校・専門学校時代は外用薬なしでなんとか過ごせる程度だった。
22歳、24歳と悪化を繰り返し、そのたびに通院していた脱ステ・脱保湿方針の医療機関の指導のもと治療を受け、抗アレルギー剤内服し、半年ほどで改善した。
当院入院の1ヶ月前から再度悪化。抗アレルギー剤内服でも効果得られなかった。
当院への入院経験がある母の知人からの紹介で当院を知り入院を希望。外来受診を経て入院となった。
検査データの見方は掲載症例の見方をご覧ください。
入院後の経緯
入院時の血液検査で、アレルギー体質を反映するIgEが11000台、自覚症状のテストPOEMが24点(最大28点)だった患者さんです。
皮膚炎の炎症の程度を反映するTARCは、当院に入院する患者さんの中ではあまり高くありませんが、それでも医学的には中等症と判断されるレベル。
マラセチアという真菌(カビ)についてのアレルギーの値が健常者の約100倍(RAST 703Ua/ml クラス6)と極めて高いなど、各検査項目の値から総合的に見ると、アトピー性皮膚炎の慢性期、乾燥皮膚炎タイプの重症状態での入院治療開始であったと言えます。
入院後はバイオ入浴も開始。入院時は首・デコルテ周辺、ひじ膝の内側に強い皮膚炎が生じていましたが、日を追うごとに改善し、入院から約1ヶ月での採血でも主要項目で改善が得られています。
この時期には赤くて細かな湿疹が首、手、足に多くあって痒いとの訴えがありましたが、検査で高値であったマラセチアの異常繁殖による湿疹と考えられました。
本来マラセチアは皮膚の常在菌ですが、皮脂を好む性質があり、高カロリー・高脂質、質の悪い油脂を摂ることなどによって異常に繁殖することがあるのです。
この患者さんにも「食べていたもののツケが出ている状態」と説明したところ、「入院前は小麦や砂糖を避けようとスナック菓子ばかりを食べていた」とのことでした。
入院初期に測定した血中のアラキドン酸の値が高いのもスナック菓子の影響が疑われます。
※アラキドン酸の値は入院1ヶ月で約半分に低下しました。
入院から約2ヶ月でアトピー症状は大きく改善し、検査結果でもPOEM4点をはじめ大幅に改善。
この時期には、本人の申し出を受けて金属パッチテストも実施するなど、患者さん本人が自分の体質を把握することが出来るようサポートをしました。
入院から3ヶ月弱での退院でしたが、退院直前の血液検査でもTARCや好酸球は基準値内と良好です。
※IgEは変化に時間がかかります。
免疫バランスの変化
この症例では、患者さんの希望にもとづいて入院時と入院後2ヶ月が経過した時期に免疫細胞Th1・Th2の量と比率の測定検査を行いました。
入院時の値は、基準値に比べてTh1が低くTh2が高い、なおかつその比率も明らかに低いという、典型的なアトピー患者さんの値でしたが、入院から約2ヶ月間で次の通り変化しています。
過去、バイオ入浴を行った多くの患者さんと同様に細菌やウイルスに反応するTh1が上昇し、アレルゲンへの反応に密接に関係するTh2が下落したという検査結果ですが、量的な値の変化以上に特筆すべきは、その比率が健常者(基準値)と同程度にまで改善していることです。
バイオ入浴を実践したことによって浴水中の多様な菌が皮膚の免疫細胞を刺激・賦活化し、このような変化が生じたと考えられます。
近年、重症アトピーの治療薬として、アトピー性皮膚炎の原因となっている分子(IL-4やIL-13といったサイトカイン)の産生を抑制する薬(デュピルマブ等)が普及しましたが、バイオ入浴ではIL-4やIL-13を産生する免疫細胞Th2そのものを抑制するだけでなく、細菌やウイルスと戦ってこれらの増殖から身体を守るTh1を活性化させ、その比率を正常化することによって皮膚炎の改善に寄与します。
ちなみに、この症例とは直接関係はありませんが、妊娠がきっかけで症状が悪化したというアトピー患者さんが多いのは、【妊娠中は、母体とは遺伝子の異なる胎児を異物とみなして攻撃してしまわないように、Th1細胞が減少しTh2細胞が優位なることで妊娠を維持する】という、人体の働きが関連しています。
免疫バランスが変化することによって胎児は守られますが、母体のアレルギーが悪化してしまうことがあるのです。
ドクターコラム
この患者さんは、入院前の3~4年間は脱ステ・脱保湿の考えのもと、入浴は3日に1回シャワーを浴びる程度だったとのことですが、当院へ問い合わせた直後からバイオ入浴のお風呂に毎日入浴する生活を見越して、シャワー浴を毎日行うようにしていたとのことでした。
シャワーの頻度を増やし、体をせっけんで洗うようにしたところ好感触だったと話していましたが、アトピー性皮膚炎に限らずあらゆる疾患の治療には様々な考えがあり、アトピーにおける脱ステ・脱保湿もそのひとつです。
マラセチアによる皮膚炎が生じている人が油性の保湿剤を使用すると感染を拡大させることになるので、脱保湿という療法も一理あるとは思いますが、私は皮膚炎の改善・安定には適切な保湿が重要だと考えています。
また、入浴やシャワーによって患部の汗や汚れを洗い流すことも勧めていて、バイオ入浴という入浴法も開発・提唱してきました。
今から60年前まではアトピー性皮膚炎という病気自体が存在しなかったのだから、近代化により失われてしまった大切な物や習慣、環境を取り戻すことを重視すべきというのが私の治療理念で、人類が太古から続けてきた免疫形成・発達の仕組みを再現するバイオ入浴は、アトピー体質の方が昔の日本人のような健全な免疫バランスを取り戻していくことに役立っています。
どのような治療・療法に取り組むかを決めるのは最終的には患者さんの選択・意思によるものですが、この患者さんのように、経験者の生の声が背中を押して当院への入院を選ばれる方が増えています。