治療の現場から
乾癬から痒疹へと移行した皮膚炎に長年悩まされていた男性 症例:72
2022.08.09治療の現場から
40代 男性 入院期間2022年3月~5月
尋常性乾癬から痒疹へと移行した皮膚炎に長年悩まされていた男性が、症状改善と免疫変換を達成して退院なさった症例です。
※退院時、色素沈着はまだ残っているものの、皮膚の盛り上がった湿疹(痒疹)は全て消えています。
症例写真は記事の後半にも掲載しています。
入院までの経緯
幼少期は、皮膚症状があったと思うが記憶が定かではない。
小児期から喘息があり、20代までは発作が起きることがあった。
高校生からは頭・背中などに皮膚症状があり、20歳からステロイド外用や頭皮用のローションを塗り始めた。
その後、尋常性乾癬(じんじょうせいかんせん)と診断され、ステロイド外用治療と並行して、29歳から免疫抑制剤(シクロスポリン)の内服を開始。1日1~2回を5~6年続けた。
34歳、シクロスポリンとステロイドを中止し全身の皮膚炎が悪化。
大学病院でステロイド外用とステラーラ(一般名:ウステキヌマブ)の注射を2ヶ月に1回のペースで2年ほど継続したところ、症状はある程度改善したが、蜂窩織炎(ほうかしきえん)を発症して入院治療を受けた事もあった。
※ウステキヌマブ:IL12、IL23の阻害薬で、乾癬・クローン病・潰瘍性大腸炎の治療薬として保険適用
36歳頃、虫刺されをきっかけに尋常性乾癬が減少して滴状乾癬(てきじょうかんせん)に変わり、四肢には強い痒みを伴う痒疹も出始めた。
乾癬や痒疹はベリーストロングクラスのステロイド外用で抑えていたが、引っ越しをきっかけに悪化。症状は太ももにもひろがった。
温泉療法に関心を持ち湯治生活を1ヶ月間行ったところ、乾癬の症状はひいて痒疹も半減したが、帰宅すると痒疹が再燃した。
インターネットで当院を知って受診。後日入院となった。
検査データの見方は掲載症例の見方をご覧ください。
入院後の経過
普通、免疫バランスがTh1優位に傾いていることが多い尋常性乾癬から、反対方向のTh2優位であるアトピー(痒疹)症状に移行したという珍しいタイプの患者さんです。※Th○○というのは免疫細胞のタイプを表しています。
なお、近年、乾癬の発症はTh1以上にTh17と関連が深いことが知られるようになっています。
他の症例と比較すると、TARCをはじめとする血液検査のデータは基準値に近いものの、IgEの値からもアレルギー体質であることがうかがえ、下肢には強い皮膚炎が生じていて色素沈着も見られます。
過去、当院に同様の症例はありませんでしたが、患者さん自身がこれまで様々な治療を受けても思うようには改善されず、先行きが見えない状態であったことから、当院の治療やバイオ入浴がマッチするかを見極めながら、入院治療を行っていくこととしました。
入院初期にTh1/Th2比を測定する検査を行ったところ、4.9(健常者の平均7.9、アトピー患者の平均6.0、バイオ入浴を行ったアトピー患者の平均8.8)と、この時点ではTh2優位でアレルギーに傾いた免疫状態であったため、バイオ入浴がプラスに影響することが期待できると考えていましたが、実際に2週間程度で改善の兆しが見え始めました。
入院1ヶ月を経過する頃には、下肢の色素沈着や盛り上がった湿疹(痒疹)にも明らかな改善が見られ、自覚症状の痒みも軽減。入院から終始改善傾向だったこともあり、当院としては比較的短い1ヶ月半で退院し、自宅でバイオ入浴を開始することとしました。
もともと、高血圧やウエイトオーバーの傾向がありましたが、入院中の食生活の改善によって、体重はダウンし血圧も改善。
退院直前に行ったTh1/Th2比検査では、13.9と劇的な上昇変化が生じており、この免疫変化が皮膚症状の変化を引き起こしたと考えられます。
尋常性乾癬とは?
乾癬にはいくつかの種類がありますが、全体の7〜8割を占めるのが尋常性乾癬(じんじょうせいかんせん)です。※尋常性とは「普通の・通常の」という意味です。
原因はまだ完全には解明されていませんが、体質的な要素に加え、感染症や精神的ストレス、薬剤などの要因が加わって発症すると考えられていて、アトピーがTh2という液性免疫が過剰なのに対し、正反対のTh1やTh17といった細胞性免疫の過剰反応が生じています。
乾癬による皮膚炎は、厚い白色の角化が関節部に生じ、摩擦によって全身の皮膚に拡大することがあります。
かゆみの程度は人によってさまざまで、強い痒みを伴う場合もあれば痒みを伴わない場合もあります。
蜂窩織炎とは?
蜂窩織炎(ほうかしきえん)は、蜂巣炎(ほうそうえん)と呼ばれることもある皮膚疾患で、皮膚の深い層や皮下脂肪に細菌が感染することによって発症し、患部は赤く腫れて痛みを感じます。
原因菌としてよく知られているのは黄色ブドウ球菌とレンサ球菌ですが、アトピー性皮膚炎では、患者の皮膚に黄色ブドウ球菌が多量に増殖しているにも関わらず、当院の入院患者さんに発症はほとんどありません。
この症例のように薬剤で免疫を低下させたり、高齢や糖尿病で免疫が低下していたりする方は生じやすい傾向にあります。
ドクターコラム
退院時に記入をお願いしているノートに、「それほど期待せずダメもとでの入院だった」と入院前の正直な胸の内を書き残してくれたこの患者さん。
乾癬、アトピー、痒疹と病態を変える皮膚炎に悩まされ、そのたびにいろいろな治療を取り入れていました。
乾癬の治療にはウステキヌマブも使用していたということですが、この薬はアトピー性皮膚炎でのデュピルマブと似たように、皮膚炎を引き起こしていると考えられる特定のサイトカイン(免疫細胞間の情報伝達を担うタンパク質)をブロックする「分子標的治療薬」というタイプのものです。
過去、デュピルマブについてのコラムでも述べましたが、これらの薬は非常に高価で、ウステキヌマブの薬価は約38万円。高額療養費制度などを使用しても、患者さんの自己負担額はひと月に約4万円~8万円程度になります。※限度額は収入や該当回数で変動。
また、患者の自己負担額がいくらであるかに関わらず、月38万円もの薬剤費は最終的に健康保険料や税金から賄われるわけで、そのほとんどは海外の製薬会社に支払われます。
難治性の疾患が改善するのは歓迎されることで、当然お金にも代えられませんが、高額な海外製の薬剤で患者さん本人や健康保険の負担が増加し続けることは、個人の暮らしや皆保険という日本の仕組みそのものを脅かす一面もあることを忘れてはいけません。
現代の日本で教育や子育てというと、大人になって豊かな生活が送れるよう、お子さんに勉強や音楽・スポーツなどに取り組ませることがほとんどですが、「健康に生きていけるよう健全な免疫をどう育てるのか?」ということにも、もっと関心を持って主体的に考える大人が増えていかなければ、ますます日本は厳しい状況に追い込まれてしまうことでしょう。
乾癬とバイオ入浴
バイオ入浴は、アトピー性皮膚炎の治療方法として研究開発を行ってきましたが、研究が進む中でTh1、Th2、Th17等多彩な免疫細胞の受容体に働きかけることがわかってきました。
乾癬はTh17との関連が大きい疾患だと考えられていますが、これまでのアトピー患者さんのバイオ入浴前後の免疫研究から、バイオ入浴を行った患者さんはTh17が低下するというデータが得られており、乾癬の症状改善にも効果が期待できると考えています。
乾癬患者のバイオ入浴は当院でもまだ数件の症例ですが、今後、乾癬治療に行き詰まりを感じている方の新しい選択肢になるかも知れません。
※退院時、色素沈着はまだ残っているものの、皮膚の盛り上がった湿疹(痒疹)は全て消えています。