治療の現場から
ステロイド外用が効かなくなった痒疹の青年 症例:90
2025.03.11治療の現場から
20代 男性 2024年10月~12月 75日間入院
入院までの経緯
幼少期は汗疹(あせも)ができることがある程度で、アトピーはほぼなかった。
高校1年生頃から少しずつアトピー症状とそれに伴う痒疹(ようしん:丘状に盛り上がった痒みを伴う湿疹)が生じるようになりステロイド外用を開始した。
入院の約1年前に自己判断でステロイド中止したところ症状が悪化。
精神面にも支障を来たしたため、断念しステロイドを再開した。
入院の約半年前、社会人になった時期から急激に悪化。ステロイド外用でもコントロールが困難になった。
母親の知人から紹介を受けて当院を受診し、仕事の休み調整などを経て1ヶ月後から入院となった。
検査データの見方は掲載症例の見方をご覧ください。
入院後の経過
身体の広い範囲にアトピー性皮膚炎による痒疹が生じていた患者さんです。
入院直前までステロイド外用を使用していたため、盛り上がりを伴わない平坦な湿疹はステロイドで抑制されており、痒疹のみが残存していたと思われます。
入院1ヶ月前に外来を受診した際の検査では、アレルギー体質の程度を示すIgEは2350、イネ、ダニ、カンジダといったアレルゲンへの反応の値が高いものの、皮膚炎の程度を示すTARCは418と基準値内でした。
入院日の朝までステロイド外用を使用しており、入院後に脱ステ状態となるに伴っていわゆるリバウンド症状が生じることが予想されましたが、実際に入院と同時にステロイドを中止すると、やはり2週間ほどすると体部や腕に発赤疹が生じ痒みがアップ。
血液検査のデータでも数値の上昇がみられましたが、非ステロイドの治療やバイオ入浴の力を借りて乗り越えました。
また、若干ウエイトオーバー気味でもあったため食事量をコントロールすることの大切さを伝え、主食量の調整にも取り組んだところ、入院から3週間を過ぎる頃には痒疹の盛り上がりが縮小しはじめ、発赤疹も軽減。
入院から1ヶ月経過で行った検査では、TARC371、好酸球5%と基準値内に戻っています。
脱ステ後の悪化がそれほどのものでなかったのは、バイオ入浴による免疫刺激が上手く働いたと考えられます。
この患者さんはもともと血液検査で高値の項目が少なかったため、改善の程度を把握しにくい面がありますが、ステロイドの使用を中止しながら、自覚症状を示すPOEMが最重症レベルの23点から一桁の8点まで低下していることなどから、その改善具合が見てとれます。
また、治療経過の写真を見ても、入院時は掻き壊しで赤くなっていることが多かった痒疹の盛り上がりのてっぺんが、退院時には赤みが消えていたり、盛り上がりそのものが小さくなったり、色素沈着を残すのみとなっていることなどが確認できます。
当初、3ヶ月間の入院を想定していましたが、2ケ月少々で日常生活が可能なレベルまで回復したため年末に合わせて退院。
退院後はこれまで住んでいた勤務先の寮から転居し、バイオ入浴を実践していく予定と話していました。
ドクターコラム
この患者さんは、症状悪化の原因として、就職してから住むようになった会社の寮が環境的に合わなかったことをあげていました。
一般に賃貸住宅の住環境の要素として、陽当たりや騒音、排気ガスなどを重視されることが多いと思いますが、アトピー性皮膚炎の患者さんにはカビなどの抗原についても意識することをお勧めします。
例えば次のようなことがポイントになります
・アパートやマンションは湿度の低い2階以上の部屋を選ぶ
・谷あいなど地形環境的に湿度が高くなりやすい物件を避ける
・内見の際は、お風呂や押し入れのカビの跡、臭いにも注意する
・日頃から換気扇を適切に使用し、通気を良くしてカビを防ぐ
・特に夏場はエアコンのカビに注意する
・ペット飼育可能な物件は避ける
ペットに関しては、前住者が室内で犬や猫などを飼っていた場合、ペットのフケはそう簡単にはなくなりませんのでアトピーへの悪影響が生じます。
前住者がペットを飼っていた一軒家に転居した途端、アトピー症状が悪化してしまった患者さんもいらっしゃいました。
私はペットが嫌いなわけではありませんが、アトピー患者さんは犬や猫の飼育は避けるべきと考えています。
痒疹について
痒疹(ようしん)は、強いかゆみを伴うボコボコとした湿疹がたくさんできる病気で、虫さされ、アレルギー疾患、循環器の病気がきっかけになって発症するケースが知られています。
アトピー患者さんの痒疹の有病率は、そうでない人と比較して優位に高く、免疫系が正常な皮膚細胞を攻撃してしまうことが原因だと考えられます。
痒疹は、湿疹の盛り上がりの生じ方などによって二つのタイプに分けられますが、アトピー性皮膚炎に伴って生じる場合は、直径5㎜~2㎝程度の盛り上がり(結節)がいくつも生じて強いかゆみを伴う結節性痒疹がほとんどです。主に重症者に見られる皮膚炎で、この症例の患者さんのように、しばしば難治性でステロイド外用の効果が得られないこともあります。
痒疹は蕁麻疹や虫刺されと違って皮膚がしこりのように固く盛り上がっているため、短期間で急激に治癒するものではありませんし、盛り上がりが減ってもしばらく色素沈着が残るのが普通です。
バイオ入浴ではこれら難治性の痒疹が大幅に改善するケースを多数経験していて、中にはアレルギー体質ではないのにも関わらず、虫刺されがきっかけで痒疹が広範囲にひろがっていた患者さんが大幅に改善した例もあります。
バイオ入浴を行うと、アレルギー性の皮膚炎を引き起こすIL4やIL13といったサイトカインが減少するという研究結果がありますが、IL4とIL13をブロックするデュピクセントが結節性痒疹の治療にも使われていることを考えると、バイオ入浴のIL4、IL13抑制効果が結節性痒疹の改善にも寄与しているのだと考えられます。